SCREWPENDULUM

ねじふりこ 2017

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-30-5, 978-4-908810-15-2

Gender fluidity(流動的な性のあり方)――書くことの始まりにおいて、千慶烏子は、あたかも性の目覚めに遭遇した多感な少年が驚きをもって体験するように、あるひとつの「性の揺らぎ」に逢着する。それは必ずしも彼自身の性のあり方や性の自認に由来するものではない。むしろ、それは書くという行為そのものに内在している「性の流動性」なのだと言っていい。千慶烏子は、書くという行為のなかで、作者の性は揺らぎを帯びており、流動的であり、必ずしも彼自身が自認している性とは一致しないようなあり方でテクストの舞台に登場するという現象に遭遇して驚嘆する。普段よく知っている自分自身とは異なる何ものかがテクストの舞台に登場して「わたし」を語り、書く人を当惑させるのだ。

「あなたは妹の黒い靴下をはき、わたしはお兄さまの革のベルトをしめて、おたがいの胸乳をおのおのの口に吸い合うのです。あなたは妹の黒いリボンをつけ、わたしはお兄さまの黒い靴紐をしめて、おのおのの口に青い鱒をつりあげるのです。水しぶきをあげて勃起している青い魚をおたがいの口にさがしあてては、それをおのおのの口に吸い合うのです。そうしてあなたはわたしの野良猫のようにまるいおなかに、そうしてわたしはお兄さまの牝猫のようにきれいなおしりに、杜撰な虚言を突き立てあってはおたがいの青い鱒をおのおのの口に吸い合うのです。」(千慶烏子『やや あって ひばりのうた』1998年 沖積舎刊)

千慶烏子のエクリチュールは、彼自身に由来するものと必ずしも彼自身に由来するとは言い難いものとを二つの中心にして、楕円の軌跡を描く。それは時には太陽の周りを回る惑星のように果てしなく長い楕円の軌道を描き、また時には所在なげな振り子が振られるように気まぐれな軌道を描く。千慶烏子は、その書く行為において「わたし」と「わたしならざるもの」とを二つの中心に持つ楕円の軌跡を描きながら、「わが国の自由詩の作品史にかつて現れたことがない」と評される、独自の文学空間を切り開いてゆくことになる。その端緒に位置するのが、1996年に出版された、処女作品の本書『ねじふりこ』である。

ここではまだ後年の著作に見られるように、斬新な文学理論を構築したり、難解な術語を駆使して批評的言説を弄したりという高度なレベルには達していない。しかし、書くことの初々しい驚きと溢れんばかりの快楽に満ちている。千慶烏子の書くことのはじまりにあるのは、この溢れんばかりの快楽なのだ。本書の表題にあるとおり、甘いねじを締め上げたり、所在なげな振子に振られたりして、信じがたいような着想とともに、書くことの快楽が百余の詩篇に渡って疾走する。それはちょうど書くことの目覚めに遭遇した多感な少年が驚きをもってするように、みずみずしい快楽に溢れ、ほとばしるような快楽の名残りがテクストのいたるところに散乱している。

後年になって、千慶は「君は烏子というものをどう考えるべきなのか」と読者に問いかけ、次のように答えている。――君はこれを捩子や振子あるいは浮子のようなものだと考えるといい。僕たちの机の右側の上から二番目の引き出しに仕舞われたまま忘れ去られている何か重要なものであり、開けるたびに僕たちを戸惑わせたり混乱させたり魅了したりするあの風変わりで貴重な何かなのだ――。

二十世紀末、90年代という時代の引き出しのなかに仕舞われたまま忘れ去られている何か重要なもの、読むたびに読者を戸惑わせたり混乱させたり魅了したりする風変わりで貴重な何かを、ぜひ読者の皆さんは、本書『ねじふりこ』のなかに見つけ出し、堪能していただきたい。(P.P.Content Corp. 編集部)

千慶烏子『ねじふりこ』電子書籍版解説  2017年6月

ねじふりこ 2001

千慶烏子著 ISBN: 978-4-908810-30-5, 978-4-908810-15-2

千慶烏子の長編作品は悲劇へと傾き、短編作品は諧謔にみちたアレゴリーへと傾く。一人の書き手における作品の傾向は必ずしも作者にのみ帰せられる彼の気質の結果であるとぱかりは限らない。むしろ作者が、書くという行為のなかで彼に先立つ歴史的なプロブレマティークをほとんど無意識のうちに、あたかも財宝のごとくに、彼のうちに引き継いだ結果であると考える方が有益である。この詩人の場合も、悲劇へと傾く長編の傾向と、さしずめアレゴリーによるフォト・モンタージュとも言うべき小品の傾向とは必ずしも相容れるものではない。だが、彼がその根底において歴史的なプロブレマティークを引き継いでいるとするならば、すなわちこの作者の場合、ボードレールからプルースト、カフカ、ベンヤミンを経て今日にいたる表象をめぐる近代のプロブレマティークを財宝のごとく彼のうちに相続していると見るならば、その相反する二つの傾向は決して本質的に異なるものではなく、むしろ同一のものの異なる表れであるということが理解できる。

この詩人には明らかにカフカやブルーノ・シュルツといったマイナー文学の血流が脈々と流れている。それは特にアレゴリーを多用する小品群において顕著である。この小品の系譜には、本書のほかに、いまだ未刊だが、『半島/代理人をめぐる植民地様式の小品集』における夥しい作品群があり、これらの残酷であり、また諧謔にあふれた作品群は、あるいはあたかも紙くずで出来た粗悪な複製品のごときアレゴリーのモンタージュ群は、作者の手によって「セリ(系列)Comedie Cluele」と名付けられている。これらの小品群は、いわば長編の大きなうねりが飛び火した小さな渦巻きのようなものだと言えるだろうが、また、大きく枝葉をのばしてゆく樹木が結んだ栗の実のように堅く確かな稔りであるとも言うことができる。

この詩人は「書く」ということにおいて常に何ものかを懸命に擁護しようとしてくるが、これらの小品においてこの詩人が擁護しようとするものは、いわばわれわれの内に潜む「小さなもの」、あるいはわれわれの暗さのなかに潜む小さきもの、あるいはもはや顧みられることのなくなった歴史の残滓のようなはかないもの、たとえばその部屋の片隅や木陰に潜んでいるどこかしら奇妙で不気味なもの、またどこかいかがわしく、それでいて妙にわれわれを魅了する不可解なもの、そのようなものだと言っていいだろう。この詩人は、ほとんど複製に近いアレゴリーの断片をモンタージュしながら、これらの小さきものへの愛をもって、また暗さに潜むものに対する畏敬をもって、それを懸命に擁護しようとしてくる。この書物のなかで「ねじふりこ」と呼ばれている少年は他でもなく、われわれの内に潜んでいるどこかしら不気味で奇妙な「小さきもの」のことなのである。われわれはこの「少年」に詩人の内的な自画像を見出したいと思うが、その企てはいつも失敗する。なぜならここで描かれているのは、限りなく彼の分身に近いひとりの「少年」を介して描かれる、われわれのなかに潜む「小さきものたち」への「畏敬」と「愛」であり、あるいは歴史の時間のなかにはかなく消え失せてゆくわれわれの複製品のごとき「生」への逆説的な「愛」であるからだ。

ともあれ、揺らぎやすい少年の性が諧謔に満ちたアレゴリーをもって「寒山・拾得」の禅小話へと結ばれる奇想の小品を、読者は口腔で栗の実を愉しむように愛でられるがよろしい。(P.P.Content Corp. 編集部)

千慶烏子『ねじふりこ』解説  2001年07月(ISBNコードは2017年電子書籍版のもの)

BOOKS

千慶烏子『ねじふりこ』

ねじふりこ

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-30-5, 978-4-908810-15-2

挿画の森にたたまれた首の長い佝僂の花嫁。鳥の半身をもってときどき嬌々とさえずる彼女のくるぶしは、いったい何とひきかえに失われてしまったのだろう。まるい下腹、ゆたかな乳房、そのやや暈のひろいふぞろいな臆見にしくまれた青空のふりこは、いったいいつまで退屈な時を刻み、忘れられた俗謡を彼女にうたわせるのだろう。「たくらまざる世界の乳房」、「たくらまざる天国の果実」、「蜂と蜜蜂たちにささげられる蜜月の賜物」。南を指して錆びついた雄鳥のジャックが、使い古された卑俗な俚言をたくみに弄して彼女に言い寄った昨日の、夏の晩景の暮れなずむ蔵書の叢林を、少年はいったい誰に内緒で見たのだろうか、印度更紗の色褪せた捺染のかたわらで…(本文より)

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千慶烏子『TADAÇA』

TADAÇA

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-18-3, 978-4-908810-32-9

あなたはその女(ひと)の胸を吸う。その女の胸のあわいなでしこの蕊をあなたは吸う。その女の腋のすこしばかり湿った暗さをあなたは吸う。愛しい女の肌もあらわなその場所に触れつつ暮れる夏の日のあまいかげりをあなたは吸う。ときどき吹きみだれるその女の髪があなたのほほをかすめることもなく、ときどき耳朶にぬれるその女の髪があなたの指をこばむこともなく、ひだりにむけ、そびらをかえし、あなたのそこに、その口もとに、またその耳もとに、その女の息を散らすあなたがたの夏の臥床にあなたは吸う。みずみずしくひもとかれたその女の肌のしずかなうるおいがあなたのうなじにめぐらされ、もうとうにはだかであることにも飽いたその女の脚が…(本文より)

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千慶烏子『ポエデコ』

ポエデコ

千慶烏子著

ISBN: 978-4-908810-05-3, 978-4-908810-27-5

自転車を押しながら坂道を登ってゆく彼女を見つけてマリと叫んだ。僕たちの夏の始まりだった。僕たちはその夏一緒に過ごそうと約束していた。誰にも内緒で、自転車を走らせ、一晩でいいから湖のほとりのコテージで一緒に過ごそうと二人だけの約束をしていたのだった。僕は彼女を見つけて名前を叫んだ。半袖のブラウスからのぞく肌という肌のすべてが美しく、額に結んだ粒のような汗までが美しかった。僕たちは夏の盛りの泡立つような虫の声に煽られながら、乾いた唇に唇を重ね、早熟な愛の感情におたがいの肌を寄り添わせるのだった。峠を越えると右手に湖を望んで下り坂を走った。コテージでは最初はどこかためらいがちだったけど、抱き合う以外に愛を伝える方法を…(本文より)

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